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高島礼子と松平健の知られざる関係

高知東生と離婚を発表した高島礼子。事件以降、彼女を励まし続けた俳優に松平健がいる。実は松平、高島礼子を女優の道へ導いた「恩人」であり、演技を一から教えたり、勝新太郎直伝の心得を叩きこんだ「師匠」。現在では現代劇のイメージが強い高島だが、ベースには松平から受け継いだ時代劇スピリッツがある。

更新日: 2019年04月07日

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aku1215さん

■ついに離婚を発表した高島礼子

高島礼子(52)が1日、覚せい剤取締法違反(使用、所持)の罪で起訴された元俳優で夫の高知東生被告(51)との離婚を発表した。

高島礼子と高知東生

高島さんは「この選択をご理解いただき、今後とも温かく見守ってくださいますようお願い申し上げます。皆さまにはこのたびの件では、ご心配をおかけし、お騒がせいたしましたことを心よりおわび申し上げます」とコメント。

高島は、高知被告逮捕された6日後に京都市内で会見を行い、離婚の考えを問われた際に「それも選択肢の一つ。」と語っていた。

■事件以降、高島礼子を励まし続けてきた松平健

松平健(62)が6日、高島礼子(51)にエールを送った。「やはり大変な時期。体に気をつけて、心身ともに今の状況を乗り越えてほしい」。

松平健(62)が13日、謝罪会見について聞かれると、「頑張っていましたね」と話した。高島の今後については「現状を乗り越えて、これからも力強く生きてもらいたい」とエールを送った。

松平健(62)は高島に「頑張ってほしい。味方はいっぱいいますから」とエールを送った。「彼女の決めたことだから、乗り越えて次の人生に向かっていくんじゃないかと思う」と話した。

■実は高島を女優の道へ導いたのは松平健

25歳のときにテレビ時代劇「暴れん坊将軍III」に初出演した。「当時、きっかけを作ってくださった松平(健)さん」

『暴れん坊将軍』(1988-1990)

松平は、レースクイーンから芸能界へ転身し、1988年に「とらばーゆ」のCMでデビューした高島を見て、主演時代劇「暴れん坊将軍III」に推薦。

CM『とらばーゆ』(1988)

「『暴れん坊将軍III』で、松平健演じる将軍・徳川吉宗のお庭番のくノ一役でした。最初は半年間のつもりで引き受けた女優業でしたが、京都撮影所で仕事に目覚めたのです」(芸能プロ関係者)」

駆け出し時代の高島の女優としての才能を見いだしたのは時代劇で共演した松平だった。

■演技から役者の心得まで指南

高島に演技や殺陣のイロハを教え、「新幹線はグリーン車に乗れ」などとスターの心構えを説いた。

松平健は高島礼子に「必ずグリーン車に乗るべし」などのアドバイスをしたが、これは松平自身が勝新太郎からアドバイスを受けたものだった。

昭和の大スター・勝新太郎の付き人だった松平健。勝からすると、高島は孫弟子にあたる。

高島礼子はデビュー当時、立ち回りでも動きが悪く、馴れるまでに時間がかかったという。その時代を知る松平健について高島礼子は「師匠。頭が上がらない」と語った。

■時代劇以外でも夫婦役として共演

戦時中という特殊な環境の中で、国境を越え人間同士としてつきあった人々の誠実さや愛を深く描く。「第9」の合唱シーンは感涙モノ。ドイツ人捕虜を人道的に扱おうと尽力する所長役に松平健。その妻に高島礼子ら実力派の共演も見もの。

『バルトの楽園』(2006)

彼女が『第九』演奏の最終場面で松江所長夫人(高島礼子)に感謝の気持ちを示しながら泣きすがる場面は,何度観ても感動せずにはいられない。そのとき映画の中の登場人物たちとすべての観客の心が一つになるのである。

共演の高島礼子さんは、お父さんのような存在である松平さんの奥様役はとても緊張されたそうです。

■時代劇というベースがあるのが高島の強み

高島「やっぱり自分が女優デビューしたのが時代劇ですから、思い入れは強いです。今は低迷していますので、微力ではありますけど、なんとか人気を盛り返す力になれればいいなと思っています。」

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